堀越信司の生い立ちや父とのエピソードがすごい!家族構成は?【東京パラリンピック】

スポーツ

こんにちは、アヤトです!

東京パラリンピックの陸上でまた嬉しい

ニュースが入ってきました!

男子マラソンT12、視覚の部に出場されて

いた堀越信司さんが銅メダルを獲得!

おめでたいですね!!

堀越信司さんは伴走者を付けず競技に出場

され、3人を抜く猛追で見事銅メダルを

掴みました。

堀越信司さん、一体どんな生い立ちなので

しょうか?お父さんとのエピソードも

ありましたので、家族構成と一緒に

調べてみました。

山田美幸(パラ水泳)のプロフィールや
経歴は?父母(両親)家族構成は?

堀越信司のプロフィール


出典:https://00m.in/JdjIQ

名前 堀越信司
読み方 ほりこし・ただし
出身 長野県長野市
生年月日 1988年7月19日
競技 陸上
出場クラス T12(視覚)

堀越信司さんは小学校までは競泳、

中学校から陸上を始められました。

競泳も大会に出られるほどの才能があった

ようですが、親や周囲の人に「やらされて

いる」という感覚があり、やめてしまった

ようです。

走ることは小学校の頃から好きだったよう

で、マラソン大会などでは大活躍していた

そう。

小学校の頃って足が速い人がなぜかモテる

っていう伝説がありましたよね。

堀越信司さんも、小学校では人気者だった

のでしょうか?

パラリンピックには2008年の北京

大会から出場していて、メダル獲得は

今回が初だそう。

堀越信司さんの戦績をまとめてみると

  • ロンドンパラリンピック:5000m5位
  • リオパラリンピック:マラソン4位
  • 2019年別府大分毎日マラソン:優勝
  • ロンドンマラソン視覚障がいクラス
    :3位

ロンドンマラソンで3位に入ったことで

今回の東京パラリンピック代表に内定した

そう。

粘り強い走りで3人抜きを達成し、35キロ

地点で自分が3位の位置で走っていること

を知り、40キロ地点でメダルを確信した

とのことでした。

21年も走り続けているそうで、

パラリンピック出場は4度目。

念願のメダルを獲得しました。

堀越信司の生い立ち(経歴)は?

堀越信司さんは先天性の目の病気

「網膜芽細胞腫」を患って生まれ、

幼い頃に右目を摘出されました。

網膜芽細胞腫とは、眼の奥の光を感じる

部分(網膜)に発生する悪性のガンのことで

遺伝子の変異によって発生するものの

ようです。

瞳孔が白くなったり斜視もその一種と

されています。この網膜芽細胞腫が大き

ければ視力障害が生じるということなので

堀越信司さんは幼くして大変な逆境からの

スタートだったのですね。

左目の視力は0.03あるそうで、

競技中も「何人か抜いた」と話している

ので、ぼんやりと見えているという感覚

なのでしょうか。

そんな中、小学校ではスイミングスクール

で競泳を経験し、中学校では陸上部に

所属されていました。

走ることが好きだったという堀越信司さん

は2000年に行われたシドニーオリンピック

での陸上競技の選手の活躍を見て陸上競技に

力を入れるようになり、大学1年の頃には

長距離の陸上部員となり、

1500mで北京パラリンピックの参加基準と

なる記録に届く記録をたたき出し、

なんと自己流でトレーニングを重ね、

本当に北京パラリンピックに出場して

しまいます。

ただ、その当時はたった一人での練習で

大きなプレッシャーや自己流での

トレーニングのやり方に限界があり、

思ったような結果は出ませんでした。

しかし、その後実業団チームからの誘い

があり、大学を卒業した後もサポートを

受けて陸上競技を続けられ、現在は

世界でもトップクラスの実力者として

陸上界では注目の選手なんだそう。

堀越信司さんはブラインドマラソンだけで

なく、健常者も出場する大会にも参加し

昨年2020年9月に行われた男子5000

メートルタイムレースでは51人中33位と

記録を出し、話題になりました。

堀越信司の家族構成と父とのエピソード

堀越信司さんのご家族について調べて

みましたが、多くは情報がなく不明でした。

関東のローカル番組でスポーツ

ドキュメンタリー「グラジオラスの轍」で

堀越信司さんの特集が組まれた時の

情報によると、堀越信司さんのお父さん

生まれながらに両目に網膜芽細胞腫を

煩い、生後すぐに両目を摘出され全盲

あることがわかりました。


出典:https://00m.in/Pamut

こちらがお父さんの堀越喜晴さん。

立教大学や明治大学、相模女子大学

などで言語学専攻の非常勤講師を

されているようです。

実際に大学で講義されている動画が

ありましたが、非常に気さくな方で

話に惹きつけられます。

平時であれば、堀越信司さんが出場される

大会には駆けつけるという堀越喜晴さん。

親子仲は良いようですが、毎日新聞の

「発信箱」のエピソードによると

堀越信司さんが子供の頃、

「なぜ自分は片目が見えないの?

こんなことなら生まれてこなければ

よかった」とお父さんに迫ったことが

あるそう。

自分と同じ病気を持って生まれたという

ことも堀越喜晴さんにとってはかなりの

衝撃だったことと思いますが、

「生まれてこなければよかった」という

堀越信司さんの一言に当時の苦しみが

滲んでいます。

そんな堀越信司さんに

君は片目が見える。お父さんの分も

いろんなものを見て欲しい」と諭した

そうです。

この言葉がご自分の障がいと向き合う

きっかけになったそうで、今はお父さんに

感謝しているということですが、

「片目が見えない」から「片目が見える」

と思えるようになるまで、想像もできない

ほど真剣にご自分と向き合ってこられたの

だと思います。

東京パラリンピック・陸上で堀越信司が銅メダル獲得!

ここまでお読みいただきありがとう

ございました。

今回は東京パラリンピック男子マラソン

T12で銅メダルに輝いた堀越信司について

調べてみました。

  • 堀越信司さんが東京パラリンピック
    陸上男子マラソンで銅メダルを獲得
  • 4度目のパラリンピック出場で
    初めてのメダル獲得
  • 網膜芽細胞腫のため、幼い頃に右目を
    摘出。左目の視力は0.03
  • 子供の頃は「生まれてこなければ
    よかった」と父に迫るほど追い詰め
    られていた時期があった
  • お父さんの堀越喜晴さんは立教大学の
    講師で、網膜芽細胞腫のため全盲
  • 「君は片目が見えるから、お父さんの
    分もいろんなものを見て欲しい」と
    いう言葉をきっかけに障がいと
    向き合う

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